第33回 拝師


2016年10月16日、

呉式太極拳第5代伝人 沈剛師に拝師し、

呉式6代目の末席に加えていただいた。

拝師式のためわざわざ上海からかけつけてくださった馬江麟師公、

平素より懇切、親身な指導で蒙を啓いてくださる沈剛師父に、

まずは心より感謝、御礼申し上げたい。

呉家の拝師の儀式で大切なのは、

祖師と祖先に礼を尽くすことで、

師公師太、師父師母、拝師弟子立会いのもと、

張三豊祖師

呉鑑泉

馬岳梁

呉英華

それぞれの位牌(張三豊)あるいは遺影に拝礼し、

入門の誓いを立て、門下に受け入れられる(この他にも様々な儀式があるが残念ながら公にできない)。

普段より師父が語る先祖の様々なエピソード、敬愛こぼれる言葉の数々に接すると

呉鑑泉・馬岳梁・呉英華は遠い過去の人ではなく、

少し離れたところでお茶でも飲みながら稽古を見守ってくれている大らかな師匠として

私のなかでは生き生きとした感触で立ち上がっている。

厳かな入門の儀式に際し、祖先、とりわけ創始者 呉鑑泉への畏敬の念をますます強くした。

「飲水思源」(水を飲のみて源を思う)

「喫水不忘掘井人」(水を飲むとき、井戸を掘った人を忘れてはならぬ)

という思いが胸に響く。

稽古を重ね呉式太極拳を知れば知るほど、

呉鑑泉が残した滾々と湧き出る井戸のような大業の恵みが骨身にしみる。

師父のように、

井の水の量を減らさず、質を落とさず、新鮮なまま次代に伝えなければならない。

それには正しい教え、正しい稽古によって、自分のなかの井戸を掘り続ける以外に方法はないだろう。

「流水腐らず」の喩えのごとく、水の新鮮さは流動性にこそある。

太極拳の流動性は、自分が稽古で常に変化することに他ならない。

尽きることのない井戸の伝承もまたその中にあるだろう。

拝師に際し、祖先より精進の大切さを言外の教えで伝えていただいたような気がしている。


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