第46回 末永く使うならば (前編)


先だって「Web Sportiva」に掲載された日本ハム 大谷翔平選手についての記事を面白く読んだ。

「体を長く使うには、どう作るべきか」という視点で、

高校時代から現在まで大谷選手を7年間見続けてきた元メジャーリーガースカウト(小島圭市氏)の

体の本質をえぐる厳しい見方に武道との共通点を感じた。

華美や無駄を取りはらい、

体の可能性を最大限引き出すため本質だけを突き詰めていくと、

武道、スポーツいずれも近いとこに結論が着地するように思われる、

そんな思いをいだかせる記事であった。

感想をまじえて要点をご紹介したい。

− 高校時代の大谷への驚き −

気になる候補を見るときのスカウトマンは、

「メジャーのレベルでどのあたりまで行ける」選手なのかという物差をあてるそうだ。

高校生の大谷にその物差をあてた印象は、

「投げること、打つこと、どちらも日本の歴史の中でナンバーワンの選手になる」

また「世界一のピッチャー」になるというイメージだったそうだ。

その理由は、右腕の柔らかい使い方が、ため息が出るほど美しかったから。

可能性とリスクの両面で選手の潜在的成長を推しはかる厳しいスカウトの目のつけどころは実に武道的で、

「柔らかさ自体」また「柔らかい使いかた」に、

最も大きな伸びしろ、また同時に体のリスク回避(=将来的故障の回避)を看破している。

「体を柔らかく使う」

「全身の柔らかさ(あらゆる関節の柔らかさ)を長期間保つ」ことが武道の練習の大目的に他ならないが、

一流のメジャーリーガーにはこれと同じことが求めらると言えよう。

「体の柔らかさ」

「柔らかい使い方」(体の柔らかさと柔らかい使いかたは同義ではない)

の両方を備えていた高校当時の大谷にメジャースカウトが思い描いたイメージは、

「メジャーの第一線で超一流の活躍をする姿」と

「活躍期間が長期的なものになるという確信」であった。

その大谷がメジャーを選ばず日本のプロ野球界に進み、

日本プロ野球の思想・文化・風土のなかで

4年間ピッチャーそしてバッターとして体を作り、使ってきた。

高校当時の大谷にメジャースカウトが思い描いた将来像と直近の大谷とのあいだにどのようなズレが生じたか、

「性急な結果を求めること」と「急がずじっくり体をつくること」のあいだで揺れ動く大谷の将来像イメージに次回は迫ってみたい。


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