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第71回 健脚と血流

執筆者の写真: 呉式太極拳 順展会呉式太極拳 順展会

− 脚は鍛えにくく衰えやすい −

10年近く前のこと、引退した力士を間近で見る機会があった。

現役のとき大活躍したその元力士は、

引退とともに相撲の稽古をやめたのであろう。

体型が豹変していた。

上半身にあまり変わりはないが、脚の変貌ぶりがすさまじい。

往時をしのばせる立派な上体に対し、

貧弱でかぼそい脚があまりにも対照的で気の毒であった。

脚の貧弱な現役力士はありえない話であるが、

脚の太さ、力強さは厳しい稽古のたまものであるということがこの一件でよくわかる。

「老いは脚から来る」と言われる。

人間と異なり、食が保証されていない野生動物の世界では、脚の弱りは死活問題。

人間にあっても自立して生活するには何はともあれ健脚第一。

生命は体温によって調整・管理されている。

病いになりにくい望ましい体温の維持にも、実は脚が大切な役割を果たしている。

− 筋肉は最大の発熱器官 −

筋肉(体重の40%前後を占める)は人体最大の発熱器官で、

体温の40%前後は筋肉によってつくられる。

運動して体が熱くなるのも筋肉の発熱効果が高まっているから。

その筋肉の70%前後は脚にある。

脚の運動をすれば筋肉(筋繊維)に付着する毛細血管が活発に働き、

反対に脚が衰え筋肉が減少すると、毛細血管も減ってしまう。

それは血流の悪化、脚で不要になった血液の上半身への移動、下半身の体温低下という結果をまねく。

上半身の血液がアンバランスに多くなると、心臓や脳に過度な負担をかけ、心疾患や脳疾患の遠因になりうるので注意しなければならない。

− 脚・体温・血流の関係 −

「頭寒足熱」という昔の知恵が思い出される。

頭はのぼせないほどの適温に、脚は温めて血流を活発に、ということ。

寒いときの心得と思われがちだが、

その奥には上・下半身の血流・体温偏差の回避、

また生命力を下支えする理想の血流・体温の維持につながる深遠な知恵があり、

四季を通して平素よりの心がけと理解したい。

血液の滞りのない流通また上下バランスのよい分配に脚が深く関わり、

健脚と健康は不可分であるのはこのような次第。

両者のいい関係をいつまでもたもつには、

強化だけなく、弱さ補強の方向へも目を向けなければならない。

体重をささえ、体を運ぶ、生きるうえでの基本と重責を担う脚は残念ながら鍛えにくく衰えやすい。

さらに膝という先天的に壊れやすい取り扱い注意なパーツもかかえている。

古典太極拳は人体の先天的弱さを注視し、その弱さを少しずつ埋めながら全体を統合していくことに力をそそぐ。陰陽、強弱どちらか一方にかたよることなく両者のバランス・統合のなかで人体の自然を究めた太極拳の精妙に感嘆頻りである。

− 柔らかく協調して伸びのびと −

『老子』の後半部分に「堅強なる者は死の徒、柔弱なるものは生の徒」というくだりがある。

太極拳では全身の重さをささえる脚の骨格・筋肉ですら固めず柔らかく運用する。

脚という大きな部分が、全身の骨格・筋肉とバランスよくかつ柔らかく統合されることで、

脚は発熱器官、血行促進のポンプ、健康のかなめとしての役割を十全に果たし、私たちが長く生の徒でありつづける心づよい助けとなってくれる。


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