第83回 間合い


頃は午前11時過ぎ。

とあるうどん屋で早い昼食をしたためていると、となりの席でアルバイトの面接がはじまった。

場所は出入口付近、人目に触れやすいところ。

「営業中食事中のお客の隣、しかも玄関付近で面接???」

ひと昔前であればありえないシチュエーション。

理解までしばし時間がかかったが、

「これも時代か~...」

と、水に流し食事に専念。

視線と気持ちは卓上のうどんにまっすぐに向かうも、耳にフタはできず聴くともなく会話が聞こえてしまった。

面接官がアルバイト志望の女性に

「そこでお座りしてください。」

と言い着座をうながす。

「その日本語ヘン!」と誰もが即座に感じるヘンな日本語なのだが、それをおかしいと感じない面接官の感覚のズレが気になった。

残念ながら、日本人の間合い感覚のズレが危惧される出来事に出くわすことが最近多い。

街で人とすれ違うとき肩と肩がぶつかるような間合いで平気で歩く人。

混み合っている電車の中でリュックを背中に背負って通路をふさぐ人。

悪意のない至近距離での車線変更。

これらに共通する原因は、距離感を計れない希薄な間合い感覚。

間合いは自分と相手とのあいだに動的に生まれるもので、自分にとって不快な間合いに人を入れたくないのと同様、相手にとって不快な間合いに自分も立ち入らない、こういう周囲への配慮によって安心安全な間合いがお互いに保たれる。

適切な間合いには「気づかい」「気働き」が欠かせない。

「肩引き」「傘かしげ」という江戸時代のしぐさは象徴的な美しい気づかい、気働き。

「肩引き」は人にぶつからないように肩を引くこと、「傘かしげ」は雨のしずくがかからないように人と反対方向へ傘を傾けること。

今はほとんど死語となった江戸のイキな計らいだが、言葉を使わなくなったということは、そういう感覚が日常から遠ざかったことに他ならない。

日常を心地よく過ごすためには、自分だけの間合いではなく、人と自分が交わるお互いの間合いのなかで自分を定位することが大事。江戸時代人はその心得に今より敏感であったのであろう。

うどん屋でふと出くわした、お客とお店との距離感のズレ、人間関係を適切な言葉で表わせない言語感覚のズレ、いずれも間合いのズレ、これらに対する「?!」から、昔の日本人が持っていた現代よりも広範かつ繊細な間合いの感覚がまぶしく思われた。

そんな間合い感覚を再び呼び覚ますには、常に動的に変化する間合いのなかで最善の間合いを追求する武道・武術の訓えはまさに最高の教材で、相手と手を合わせるのは言うまでもなく、「礼」もまた「間合い」と読み解くことができる。


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